ワイン好きな象と猫

フランス生活の忘備録

鶏の丸焼き

前回の話とは全く別の話題
8月末から9月下旬にかけて、二人の友人と、アルバイト先のソムリエさんが来てくれた。用がなければ普通の日本人は来ないような田舎なので、私がなんとか充実した滞在になるようにしなければと思い、案内をしなければと張り切っていた。


しかしふたを開けるとどうだろうか、三人とも運の強い人たちだったのだろう、私が案内するのなんて必要ない程、ラッキーなイベント発生に遭遇していた。

 

ソムリエさんは私が働いているドメーヌの当主の人がドメーヌを案内してくれる事になった時に、とても気に入られ生まれ年である1982年のワインを開けてもらい(もちろん販売していない)そのあとの試飲も家のキッチンで特別にしてもらい、試飲させてもらったキュベはヴィンテージ違いも含め25本以上、ヴィンテージ違いも試飲させてもらった。


私一人で行ったならばこれほどまでに試飲をさせてもらうことはなかっただろうと思う。ソムリエさんに便乗させてもらえてラッキーだったといえる。

 

二人目に来た人は到着した時からラッキーだった。バスを降りて村に向かうタクシーを探したがなかったが、その時そこにいた日本人好きの女の子と会ったのだ、そして村まで車に乗せてもらったらしい(詳細省略(笑))そして、その後その子の家に遊びに行き、宿泊までさせてもらえたりと、とても気に入られ、私まで遊びに行かせてもらい、ごはんをご馳走になったり、困ったことがあったときに相談させてもらえるようになった。その友人のおかげで私まで知り合うことが出来たのだ。


また、出国まじかのドメーヌの当主(再登場)とばったり会った彼女は次の日二人でドメーヌ訪問の約束まで出来てしまった。ロワールワインを知っている人にとってはうらやましい事限りないイベントだと思う
例えるならば竹内涼真がカフェであなたの隣に座っているぐらいのラッキーである。(雑な例えですみません)

 

他にもギャラリーの人と仲良くなっていろいろ作品を見せてもらったり、この友人も何か持っている人だったのだろう。

 

三人目もなかなかラッキーな人だった。村への到着こそ、私が迎えを頼んでいたおじいちゃんと連絡つかずにスーツケースを引いて6kmほど歩く事になったが、Airbnbで宿泊したステイ先のホストが、スポーツカーを持っておりそれに乗せてもらったりした、そしてちゃっかり私も便乗に成功し乗せてもらった(笑)

 

畑を歩けばフレンドリーな収穫隊に絡まれて、記念撮影とこっそり1房収穫させてもらえたり、カヌーが一人で乗れぬとなれば、私がたまたま仕事が休みになり、カヌーが出来たりと。この友人もラッキーな人だったのだろう。


ちなみに私はその時お世話になったカヌー体験などを提供しているおじさんと仲良くなった。ライフジャケット等の必要な用具が入っている倉庫が実は鍵がかかっていないことを教えてもらい、私は好きな時にカヌーに乗ってよいことになった(無料)。

 

三人の友人の訪問を通して、自分が人を紹介したり、場所を紹介したりしなければならないと思っていたけれど、友人が来たことで知り合った人もいれば、初めて行った場所が多くあった。友人様様である

 

ラッキーな人と一緒にいれた私もまたラッキーなのだろう(笑)

 

また予定通りいかないという田舎の不便さもあれば、予測もしない出来事と出会える、そういう田舎の面白さも再確認したのだった。

le manoir

サービスの仕事が私は好きだ。元々人に親切にするのが好きだし、この人はどうしてもらうのが好きなのだろうと考えるのが好きだった。ただ気持ち的にはサービスに向いているのだが能力的にはサービスに向いていないように思う。


 
小学校から陸上と習字をやってきた。そのおかげか一つの作業に対する集中力というのはあるような気がする。それもあってか勉強はそこそこ得意である。今思うと陸上と習字は似ていると思う。最初は理想とする動作を意識して行うが、しかし意識して行ううちは力みがあったりして本番ではうまく行かない。ひたすら反復練習し徐々に動きを体になじませ、最終的には無意識に理想的な動きが出来るようにするのだ。そして周りに左右されず自分の力を出し切ることが求められる。
 
そういうのに子供のころから馴染んできたせいか、逆に他人の動作を見ながら視野を広く持って瞬時に判断することが苦手である。(バスケットやサッカーだとそういう能力が養われそうである)むしろ無心になることの方が得意であるくらいだ。
 


そしてサービスはキッチン、お客さん、同僚の動きを見て動かねばならない。自分の今までやってこなかった頭の使い方が要求される。よく「真の頭の良さとは何だろうか?」と考えさせられる。自分の場合は視野を狭く集中することに長けている。そのため勉強は苦手ではなかったが、他のサービスの人の視野の広さをまざまざと見せつけられる事が多々あるし、自分の視野の狭さ、不器用さを実感するばかりである。勉強で求められる頭の使い方とサービスの仕事で求められる頭の使い方はまた別のものであると思う。そして今自分はその苦手な頭の使い方を向上させたいのだと思う。


そしてフランスに来てサービスとして働いているのだが、やはり色々と難しい、日本語でも難しかったものがフランス語で、しかも日本では小さいお店だったので(シェフとソムリエさん、私が基本)情報伝達や意思の疎通が容易であったが、いま働いているお店ではビストロ、レストランそれぞれサービスだけで3、4人でチームを組んで仕事をしているため、いままでになかった難しさがある。

 

サッカーでいうならば(サッカー経験はないが)私は守備だけやるのが得意である(しかも私の場合状況によって対応するというより、ひたすらボールを持っている人をマークする的な仕事が得意)、日本のレストランでは状況をみて、守備、攻めを切り替える事が要求された。


しかしフランスでいま働いているところで要求すされるのは日本とはまた違う。ここでは例えるならば基本守備をするのだが、状況を見て攻めに入らなければいけないし、攻めの人を守備に呼び戻さねばならない的な感じである。

 


日本の時と似ているようであるが、結構違う。日本ではソムリエの人(スーシェフでもある)がサービスの補助をしてくれるとはいえ自分がサービス、皿洗い、注文取りを基本やっていたし、予約が多い時にサービスが二人になるときもあるが、それでも二人なのだ。空間的にも小さいお店なので意思の疎通がしやすいのだ。

 

日本では攻守の入れ替えは自分主体で出来たし、一緒に働く人の動きが常に見えていた。フランスでは空間的(テラス席、バー、テーブル席、厨房)にも人数的にも大きくなり、働く人の動きが把握しずらい中で、攻守の入れ替えをしなければならなくなったという感じだ。

 

書いていてなんだか、自分自身混乱してきた感があるので、いったんここで区切ろうと思う。 また後日補足しようと思う。

 

 

メルゲーズとムール貝

久々の更新だ

およそ一カ月間も更新していなかった。仕事が始まり、慣れるので一か月があっという間に過ぎたように思われる。更新する時間がなかったわけではないし、そんなに切羽詰まっていたというわけでもないのだが、やはりこうやって更新しようという気になったのは少し余裕が出来てきたからかもしれない(とはいってもまだまだであるが)

 

高校一年生の入学してすぐの頃に読んだ、某T大学に合格した先輩の合格体験記を思い出した。ある文化系の部活に所属していた先輩は合格に向けてずっと勉強していたわけではないと書いてあった。部活の発表や文化祭があるときはそちらへ集中し、テストが近づくとそちらへ集中し、高校三年生の9月の文化祭の後から本格的な受験勉強を始めた事などが書かれていた。

 

その先輩の書いていた言葉で印象に残っていることがある。

「継続は断続的にでもいい」という事だ。簡単に言えば三日坊主になったとしてもそれを繰り返せばいいという事だ。何かをするときに肩の力が抜けるこの言葉がなんだか好きだ。その考えは実際に今の私の生活に根付いている(大げさに言えば)。だから一か月更新してなかったとしても、またここで断続的にでも続けれているので良いのだと自己肯定しておく。

 

 

この一か月で気付いたこと、考えたことを書くには時間が足りない。それらを忘れないように今回は今思い出せるだけ箇条書きで簡単にかいておこうと思う。

 

お仕事編

①フランス語は聞き取りが特に難しい

②お客さんがフレンドリー、レストランでの食事を楽しむのが上手

 つたないフランス語でも可愛がってくれる。正しい発音を教えてくれたりする。

③普通にレストランに犬を連れてくる。そして犬達はとてもおりこうさん

④赤ちゃんも普通にレストランに一緒に連れてくる。

⑤ 3、4に対してレストラン側も対応に慣れているし、周りのお客さんも慣れてい   

 る。そういう所がとても好き

⑥仕事場で人間関係がサバサバしている。上下関係があまりない。

⑦サービスとキッチンの仲がよい(日本で働いていたホテルと対照的)

パトロンが偉そうぶってない、従業員もパトロンに変に気を使いすぎていない

⑨レストランでワインが消費される量がやっぱり日本とけた違い

アペリティフを飲みながらオーダーを決める

⑪チップとは言わないPour boire(飲み代)というのがフランスっぽい

 こっそりとる人もいるが基本はみんなで共有する。

 遅くまで滞在した人、アブノーマルなリクエストをした人はチップを期待されています(笑)

⑫自分達のレストランの料理を提供できる能力の限界を知ったうえでお店を回す。

⑬フランス料理に砂糖は使わない、だからこそ食後のデザートで補充

⑭日本のサービスの良い点とフランスのサービスの良い点をそれぞれ身に付けたい。

⑮休みはきっちり、料理人も休める。

⑯生産地だからかレストランのワインも安い。

 

 

 

生活編

①フランス人はテラスが大好き。薄暗い冬があるからこそ夏の太陽を大事にしている。

②生活を楽しむのが上手。食前酒を楽しむアペロ、ろうそくなどの照明など。

 フランスの生活の楽しみ方知り、より生活を楽しみたい。

③車や家電などへのこだわりが薄い、使えればよい的な。日本みたいな家電量販店は見 

 たことがない。(私がないだけで実際にはあるのかもしれないが)

ムール貝の酒蒸し、メロンがマイブーム

⑤多くの場合キッチンが可愛い

⑥アフリカ、西アジアの食文化が結構ポピュラー

⑦田舎のお祭りの飲み物代がとてもやすい

⑧最寄りのスーパーまで3キロ以上の田舎(本当に食料品を買えるところがない)

 でも景色と星空は最高

⑨石造りの家は夏の暑さでも結構快適。冬はその分一度冷えると温めるのが大変だとか

⑩日本では普段会わないワインの生産者が普通に町を歩いている不思議。(ワイン産地なので当たり前だが)

⑪小さい村なのでお客さんどこかで見たことあるなと思ったら、他のお店の定員さんだったり。

⑫鳥と蜂が多い。農薬をあまり使わないワイン産地ならでは?

⑬ヴィンテージワインはエチケットがぼろぼろ、たまにスーパーでもぼろぼろ。

 でもなんだか年季を感じて好き。あらためてヴィンテージワインの楽しみ方が素敵だ 

 と思った。

 

 

もっとあったような気がするが思い出せない。

思い出したらその都度書き足したいと思う。

 

豚のリエット

f:id:kamo-gauche:20180714012051j:plain


フランスのスーパーで青果物は基本量り売りだ。小さいものも、大きいものも色付き具合も様々だ。


それらはキロ当たり同じ値段で計算され、一個単位から買う事が出来る。誰かに手料理を振る舞う時にちょっと付け合わせ用にといって、スナックエンドウを一本単位で買う事は出来るし、枝付きのトマトを自分が欲しい数のトマト分になるようにその枝をちぎる事なんてのも出来る。


前はニンニクが3分の1程ちぎられたりしたものも見かけた。(そして私はその残りを買った)


日本の様に形、色が揃った物で包装されてたりしない。一人暮らしには食べきれる小さいサイズが良い時もあれば、大きいサイズが欲しいともある。この買い方では無駄が少ないのだ。


おそらく日本では規格外野菜として売り物にならない、もしくは安く叩かれるであろう野菜たちがそれぞれそういった需要を満たしてくれる。「なんだかフランス包容力あるじゃないか」って思いながら野菜をビニール袋に入れた。


駐車場に向かうとこんな車があった。


f:id:kamo-gauche:20180714014830j:plain

もしかすると青果物への包容力?はこういう所にも関係しているのかもしれない。


ともあれ、そんなフランスが大好きだなと思った今日だった。

ケバブ

レビューの続き

 

写真の説明をより練る必要があった。その点は研究発表と異なった。研究はデータから言えることを論理的に説明すればよい。つまり言語化が容易である。しかし写真は、写真に対して自分の思いと感覚を言葉にしないといけないのである。数段言語化が難しい。おそらく自問自答の様なプロセスが必要であると考えられる。(素人観)


カフェでの反省会では色んな事が話された。反省会といってもビールを飲みながらの和やかなものだったが

 

私の最後の仕事はPさんが誤って帰国日に予約したレビューのキャンセル及び、可能であれば別日程への変更であった。私もPさんもレビューの日程の変更に関しては全く期待していなかった。ダメでもともとというやつである。受付の女性の方に聞く、するとなんと日程を変更できることになった。さすがストライキ国鉄のダイヤが頻繁に変更する国である。そのへんの対応は慣れているのだろうか。

 

二つのレビューをキャンセルし、空いているレビュワーの中から最適な人を二人探した。一人目はスイスの方(スイスは山岳信仰があり、日本との共通の自然観をもっているのだとかだったと思う)、二人目は水に関する美術館の企画者とかなんとかでこれもPさんの作品に共通点があるということでフランスの方にした。

 

受付に行き変更を伝えるとなんと二人目のフランスの方はフランス語しか話せないという事で断念。急遽第三希望のパリの写真展に関わっているレビュワーの方に変更した。そしてこれが二日後の喜びの舞へとつながる。

 

私はその翌日リヨンへと帰らなければいけないため、これが最後となった。ほとんど役に立たなかったにも関わらずPさんから謝金を頂いた。私はクレカを失くしていたので嬉しい反面(ここでもまたこの話題)、その謝金に見合う働きが出来ていないと感じ、申し訳なかった。

 

私がアルルを去った日は写真家であるCさんが通訳をしてくれらしい。イスラエルからのレビュワーの方から良い返事をもらったとの事をPさんから聞き、私もほっとした。またおそらくこの日に写真家のCさんと写真の説明について入念に練ったのであろう。その次の日見せてもらった説明文は大幅に変わり、自分の思い入れを良い意味で省いた誰にとっても興味を持ってもらえるような文章になっていた。

 

アルルを出発した翌日、Pさんの最後のレビューの日だった。この日は三つもレビューがあるハードな日であった。リヨンを離れ新しい勤務地へと向かう電車の中でもPさんのことは気にかかっていた。そんなしていると乗り換え駅に着いた時予定していた乗り換え電車がストでキャンセルになり振り替えの電車まで二時間半待つことになった。電車を待っている間、その日Pさんの通訳している友人のSから連絡をもらった。

 

電車待ちで時間があったので大幅に変わった説明文を訳すことを申し出た。やっと変更部分を訳し終えたのはレビューの20分前くらいだった。本当に直前だった。私としては役に立てなかった謝礼の分少しでも役に立てればという思いだった。

 

レビューが終わってすぐSから連絡があった。レビューがとてもうまく行った事。パリのギャラリーを二つも紹介してくれることになったことなどが書かれていた。Fくんのアイスを食べながらの嬉しそうな様子の動画がレビューの成功具合を表していた。そのレビュワーの方は以前Pさんとレビューの日程変更で急遽選んだ第三希望の人だったのだ。縁がきっとあったんだろう。


作品が良いものであるのはもちろんだが、それを売り込む説明も作品が認められるにあたって必要であるのだと思った。(もちろん様々な場合があると思うが)

 

私の訳が役になったかどうか分からないが、チームの一員として最後も参加出来たようで嬉しかった。久々にチームとして何かを成し遂げたような気持ちを共有させてもらい、これから希望している職場の面接へと向かう自分自身の励みにもなった。自分も後の面接を上手く乗り越え良い報告がしたいと思った。

 

面接の結果は以前書いたとおりである。

 

思えばSは前日のパーティで、(それ以降の更なるアルル滞在の延長にもつながる(アルルで家に泊めてくれるという人を見つけ、)、Pさんは最後の最後でレビューが上手くいき、チームみんなに良い風が吹いていたのだと思う。

 

アルルに来て一番面白かったのはレビューのお手伝いだったかもしれない。


今回の経験は私自身のレビュー(論文発表)にも生きる所が多々あったと思う。こんな機会をくれたPさんとSに感謝したい。

 

 

 

アサリのアヒージョ風

順番が変わるがアルルのレビューの話の続きを書きたいと思う。

 

今回通訳としてレビューのお手伝いをすることになったPさんとF君親子は普段鹿児島で写真館を営んでいる。今回レビューを受ける作品はPさんが撮った写真をF君が編集したものだ。昔新聞社のカメラマンだったという口下手な職人気質のPさんと、そんなPさんに歯切れ良い言葉でダメだしする芸術家肌のF君は、普段私たちが親子制作と聞くと子が父の弟子であるような関係を想像してしまうが、そんなイメージとは異なるお互いを補完しあうような素敵な関係だと思った。

 

今回私が通訳する事になったのは偶然だった。もともとフランス在住6年という日本人の方に通訳を頼む予定だったが、その人が都合が悪く来ることが出来なくなり、急遽私が代打することになったのだ。ただ私の英語力はそんな流暢に日本語を訳せるというレベルではないため、本当に私でよいのかという思いがあった。大学では英語で発表することはある。しかしそれは事前に原稿を作成し、発表練習を何度も繰り返し頭に英文を刷り込んでからいつもやっていたので、私が本当にレビューの通訳が出来るのか心配だった。しかもレビューは時間が20分と限られている。私が通訳に手間取ればそれだけPさんとF君の伝える時間、レビュアーの方が話す時間が減ることになるのだ。また欲深い私は、出来るだけ二人の話のニュアンスを伝えたかった。緊張はなかったが、力んではいた。

 

そして、私は事前に言い訳を作っていた。「私はレビュー中に伝えたい内容を考えて話すまで頭が回らないと思います。二人が話したことをそのまま伝えることに注力します」と今思えばもっと出来たのではないかと反省している。

 

最初のレビューはアメリカ人の綺麗な人だった。とても愛嬌のある優しそうな人だった。最初はおとうさんのPさんが中心になって説明した。訳していて思ったが、説明が単調であまり面白くないのではないか、メインで伝えたいことは別の事ではなかったかと頭によぎったが訳に集中する。おそらく同じことを考えていたであろう同席していた友人の写真家Sさんが私に「もっと○○の話をした方がいい」(事前の打ち合わせで○○の話をしようと決めていた)と私に伝えてきた。

 

私はというと「私に言わず、説明を話すPさんに言ってください」と言ってしまったのだ。今思うとSさんにそんな返事を返すのなら私がすぐ横にいるPさんに言えば早いのだが、通訳で一杯いっぱいだったのだ。人間そういうときこそ本性が出るものである。今思い出してもあんな反応をしてしまって恥ずかしい(笑)

 

訳していて思うのだが、相手の話を聞いてるときはその言葉を脳内で訳すことは出来るのだが、日本語に訳して話す段になると先ほど訳していた内容の枝葉末節の部分は頭から抜け落ち「つまりこういうこと」的な自分自身が相手の話を理解するために頭に残した主要な部分しかPさんに伝えることしか出来なかった。レビュワーの方の言葉をそのまま正確に訳出来れば良かったのだが、それが全くできなかった。

 

そのあとPさんに代わりF君が説明をした。気が付くと席を立ちあがって説明していた。レビュー時間の20分はアッという間に過ぎていた。

 

成果としてはレビュワーの方からポジティブな感想とアドバイスをいただき、今後継続して作品をメールで送らせてもらう事を承諾してもらえた。表面的にはうまく行ったようだが、すれば全て社交辞令にも思えた。レビューが初めての私はそこで判断は出来なかったが、そのあとのカフェでの反省会のみんなの反応を見て、やはり芳しい結果ではなかったことを察した。

 

レビューで話す時に必要なことは研究の口頭発表と同じである。伝えたいことを簡潔に論理の一貫性をもって話すこと、今回のテーマと関係ないことは話さない事(それが個人的に思い入れのあるものであったとしても)などである。しかし私自身インドネシアの湿地で研究しているので、屋久島の山奥に言って写真を撮ってきたというPさんが関係ない話をしてしまうことに私はとても共感したのだった。

 

翌日もレビューを受けたが結果はなかなか芳しくなかった。レビュワーの方の話の区切りが長く、ペースが早いので昨日以上に要約的な通訳しか出来なくなっていた。力不足を感じた。二日目のレビュワーの方とはPさんが偶然にも電車で会ったことがあるらしくその時の作品を見せ説明を簡単にしたらしい。しかし今回はそれが裏目に出たようだった。前回と重複する説明に途中飽きているように見えたのだった。

 

 

大人ポリタン

リヨンではフレンチのレストランの皿洗いをしていた。

一緒に働くのはスーシェフがアルゼンチン人であるのを除きみんなフランス人だった。

働き辛いと思いきや、とても気持ちよく楽しく働けた。

 

私が働いたレストランでは、まず着くと賄をみんなで食べることから始まる。「Bon soir」と言いながら入ると「Bon soir, ça va?」と誰かが言ってくれる。私はよく「ça va bien」と言って席に着き賄を食べる。スーシェフは陽気な人で賄を食べた後はお決まりの2週間おき毎ぐらいに変わる歌を口ずさみながらその日の予約分のアミューズを準備する。サービスの女性は賄を食べた後、席に座って恭しく煙草を一本手で巻き、外で吸う。サービス長はTシャツ短パン姿からしわのないシャツとジャケット姿へと雑談しながら着替える。シェフはというと大概外で空気を吸うかスマホを見ている。私は白シャツに着替えエプロンを着けると水を一杯飲み乾し、たまった洗い物を消化し始める。みんな何かしらのルーティーンのようなものを持っている。

 

サービスの人は基本陽気だ。下げたお皿を洗い場に渡す時、「〇〇~」と私の名前を呼んだり、ウインクをしたり、時には猫の声真似をする。暇なときはフレンチジョークを教えてくれる(大概理解できないので英語で解説してもらうが)皿を洗うだけで「Merci」と言ってくれる。お客さんの前で笑顔は基本だが、彼らは裏側に来ても基本変わらない。むしろ表より明るい気がする。

 

私は料理人の無駄のない動きを見るのが好きだ。皿を洗いながらよく見入っていた。時々ソースを味見させてくれたり、つまみ食いさせてくれた。忙しい時にピリピリはするが決して理不尽なことで怒るようなことはなかった。というより「こうした方がいい」というアドバイスはあっても、働いた一か月と少しの間、怒られたことはなかったと思う。

 

皿洗いの僕はサービスやキッチンの補助役的なことをしたり、時間があればキッチンの一角の掃除をする。私としてはお給料を頂いてるし、頼まれたことは当然のこととして行うのだが、終わったり、物を渡したりそれだけで「Merci」と言ってくれた。丁寧に掃除をすると「トレビアン」と言ってくれた。少しこそばゆい気持ちになったりした。

 

メインを出し終えるとシェフがノートに何やら書き込んだ後先に帰る。帰るときは必ず全員の所にいき握手をする。お互いに「à demain」や「Bon weekend」と言う。デザートを出し終えたスーシェフも同様に、ただスーシェフは肩をたたいてからの握手が多かった。日本でやるとセクハラになるのかどうか知らないが、握手したり肩をぽんってたたかれるのが私は好きだった。仕事が一段落したようなそんな安心感があった。

 

それから片付けを終えると片付けと明日のテーブルセットをするサービス長の二人だけに良くなった。最初は忙しい金曜と土曜、いつのまにか毎日仕事終わりに一杯飲ませてもらうようになった。

 

 

私はいつも白ワインをオーダーした。サービス長は勉強のためにいつも違うワインを飲ませてくれた。サンセール、クローズドエルミタージュ、サンジョセフ、ブルゴーニュ、ピュイフュメ、サンペレイ、ピュイフュイッセなど同じ産地で生産者違いなど二種類飲み比べさせてくれる日もあった

 

f:id:kamo-gauche:20180709211025j:plain

 

私はそれが嬉しくて、少しでも勉強になったことを伝えたいのもあって、いつもワインの感想とこのワインにはメニューのこれが合うだろうかという事をサービス長に聞いたりしていた。ワインについて勉強する機会をくれていた。

 

私が働いた所がたまたまそうだったのか分からないが、人として敬意を払ってくれるそんな職場だったと思う。一番印象的だったのは相手がミス(私の作業に差し障る、もしくは作業を増やす)した時に「ごめん、私のミスだ」と言ってくれたことだ。私が一番下っ端なのでそんなこと言わなくてもよい気がしたのだが、でも自分のミスをちゃんと認めて謝る職場の人達に私はますます敬意を持つようになった。


この職場で働く最後の日、「リヨンに戻って来たら食べに来なよ。ただし、料金は2倍だけどね笑」とシェフ。一番仲の良かったスーシェフは「頼んだ事は全部きっちり、綺麗にやってくれた、中々誰にでも出来ることではない、ありがとう」と


書いてて気恥ずかしいが、社交辞令でもいい、最後にこう言ってもらえた事が嬉しかった。

 

日本では今、働き方改革ワークライフバランス、育休制度、などという言葉をよく聞く。もちろんシステム的な改革は必要だと思うが、フランス人の?その職場の?そういった人として敬意をもってお互いに接する事が働きやすさの基本ではないかと思う。

 

私もいつか日本で集団の中で仕事をすることがあるだろう。

その時に相手がだれにせよ「ありがとう」と「ごめん」が言えるそんな人になりたいと思った。